万引きを繰り返してしまう ご本人・ご家族へ
— クレプトマニア(窃盗症)の理解と弁護士ができること
| Q | 何度も万引きをやめられません。これは病気の可能性がありますか? |
| A |
金銭的に困っていないのに、欲しいとも思っていない物まで盗ってしまう。やめたいのにやめられない。捕まっても繰り返してしまう。こうした状態が続く場合、クレプトマニア(窃盗症)という精神疾患の可能性があります。
クレプトマニア(窃盗症)は、米国精神医学会の診断マニュアル「DSM-5」で精神疾患として位置づけられているもので、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類ICD-11では「6C71 Kleptomania(窃盗症)」として衝動制御症群に分類されています。日本国内でも、累犯化した万引き事件で弁護人が精神科医と連携し、診断・治療を踏まえた情状立証を行う実務が積み重ねられてきました。
「自分は反省しているから病気じゃない」「家族が支えれば止められる」と考えていた方が、結果的に何年も再犯を繰り返してしまうケースが知られています。違法性の認識自体はあり、罪悪感も強いことが多いのがこの疾患の特徴で、本人の意志の弱さの問題と単純化できない側面があります。
最終的な診断は精神科医によるものです。本稿は法律的な観点から症状の概要を紹介するものであり、診断行為そのものではありません。心当たりがある場合は、依存症治療の経験がある精神科・心療内科への受診をご検討ください。
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| Q | 窃盗症と単なる窃盗は法律上どう違いますか?犯罪にならないのですか? |
| A |
窃盗症(クレプトマニア)であっても、万引きは刑法235条の窃盗罪に該当します。法定刑は10年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金です。診断があれば自動的に責任能力が否定されるわけではなく、責任能力評価は事案ごとに行われます。
窃盗罪は刑法235条で規定されています。2025年6月1日施行の刑法改正により、従来の懲役刑は拘禁刑に一本化されました。
【根拠】刑法(明治40年法律第45号)第235条
「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。」 万引きが日常的な感覚で「軽い犯罪」と捉えられがちですが、法定刑の上限は重く、累犯化した場合は実刑判決もあり得る犯罪類型です。 もっとも、犯罪が成立するためには行為時に責任能力(自分の行為の意味を理解し、それに従って行動を制御する能力)が必要です。窃盗症の場合、衝動制御の障害という疾患の性質はあるものの、違法性の認識は保たれていることが多く、責任能力が直ちに否定される類型ではありません。 そのため、弁護方針は「無罪を勝ち取る」というよりも、量刑判断の枠内で、医学的背景・治療体制・再犯防止計画を立証して刑を軽くする方向に組み立てられるのが一般的です。
なお、刑法244条1項には、配偶者・直系血族・同居の親族との間で犯した窃盗罪等について「その刑を免除する」旨の規定(親族相盗例)があります。これは家族間の特別な扱いを定めるもので、店舗での万引きには適用されません。
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| Q | 執行猶予中にまた万引きをしてしまいました。実刑になりますか? |
| A |
執行猶予期間中の再犯は、実刑(再度の執行猶予がつかない通常の拘禁刑)のリスクが高まります。ただし、刑法25条2項の再度の執行猶予の要件を満たせる場面はあり、医学的背景の立証と再犯防止体制の構築が判決の方向性に影響することがあります。
実務上、万引きの処分は前科・前歴に応じて段階的に重くなっていく傾向があります。一般的なイメージとしては以下のような段階的な進行です。
執行猶予期間中の再犯の場合、再度の執行猶予がつくためには刑法25条2項の厳しい要件を満たす必要があります。具体的には、今回言い渡される刑が2年以下の拘禁刑であること、情状に特に酌量すべきものがあることが要件です。さらに、前回の執行猶予で保護観察に付されており、その期間内に再犯した場合には、刑法25条2項ただし書により再度の執行猶予はそもそも認められません。
【根拠】刑法第25条第2項
「前に拘禁刑に処せられたことがあってもその刑の全部の執行を猶予された者が二年以下の拘禁刑の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、この項本文の規定により刑の全部の執行を猶予されて、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。」 この場面で弁護人が立証していくのは、たとえば次のような内容です。診断書や鑑定意見書による疾患の説明、入院治療または通院治療の枠組みの確保、家族の監督体制、買い物同行支援等の生活環境の整備、自助グループ参加状況、被害弁償・贖罪寄付などの責任の取り方。これらを「再犯防止計画」として体系的に提出する取り組みが、実務で重ねられてきています。
⚠️ 執行猶予中の再犯は時間との勝負の側面があります。逮捕されてから慌てて医療機関を探すよりも、自首・在宅捜査の段階から治療体制を整えはじめる方が、立証の説得力は増します。
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| Q | 家族として何ができますか?本人を責めるべきですか? |
| A |
叱責や監視の強化だけでは再発を防ぎにくいことが、依存症臨床の知見として一般的に知られています。家族の役割は、医療への接続、買い物の同行支援、孤立化の防止、自助グループへの紹介などです。家族自身のケアも忘れずに進める必要があります。
「もう二度としない」と本人が誓っても、症状の本質が衝動制御の障害である以上、本人の意志だけでコントロールするのは難しい場面が多くあります。「なぜ約束を守れないの」「これだけ言ったのに」と責め続けるアプローチは、本人を追い詰め、結果として家族から事実を隠す方向に作用してしまうことが知られています。
「本人にどこまで話を聞き出すか」「家族間でどこまで情報を共有するか」も難しい問題です。配偶者・親・きょうだいの間で温度差が出ると、それ自体がストレス要因になります。家族会等で第三者の知見に触れることが、家族内の合意形成を助ける場面があります。
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| Q | 被害店舗との示談ができないと言われました。どうすればよいですか? |
| A |
全国チェーンの小売店等では「方針として示談に応じない」とする企業も少なくありません。その場合に検討されるのは弁済供託(民法494条)です。贖罪寄付は被害者本人への弁償ではないため情状面での評価は限定的で、まず被害弁償を尽くす方向で組み立てるのが基本です。
万引き事件の場合、加害者側が誠意をもって示談を申し入れても、被害店舗側が会社方針として一切受け付けないという対応を取るケースが珍しくありません。チェーンストアでは、現場店長に示談の判断権限がないという運用が多く、本社決済となって時間がかかることもあります。 このとき多くの方が「ではどこかに寄付すればよいのか」と考えがちですが、贖罪寄付は被害者本人への弁償ではないため、被害弁償を尽くしたという評価には直結しにくい性質があります。まず検討すべきは、被害者が受領を拒否しても法的に弁済の効果を生じさせられる「弁済供託」の制度です。
【根拠】民法(明治29年法律第89号)
第492条:「債務者は、弁済の提供の時から、債務を履行しないことによって生ずべき責任を免れる。」 第493条本文:「弁済の提供は、債務の本旨に従って現実にしなければならない。」 第494条第1項:「弁済者は、次に掲げる場合には、債権者のために弁済の目的物を供託することができる。この場合においては、弁済者が供託をした時に、その債権は、消滅する。一 弁済の提供をした場合において、債権者がその受領を拒んだとき。」 実務上特に重要なのは、①の「債務の本旨に従った」弁済の提供です。被害額そのものに加え、不法行為時からの遅延損害金(年3パーセントの法定利率)を含めて提供しないと、弁済の提供として不十分と評価されるおそれがあります。「ちょうど被害額分を法務局に持ち込めばよい」という単純な制度ではない点に注意が必要です。
⚠️ 受領拒否の証拠を残さないまま供託しても、供託原因(民法494条1項各号)を欠くものとして無効になるリスクがあります。被害者への弁済提供は、書面と送達記録が残る方法(内容証明郵便等)で行うのが安全です。
贖罪寄付が情状面で意味を持つのは、被害者への弁償を尽くしてもなお償いの姿勢を示したい場面や、そもそも被害者が特定できない類型の事件等で、補助的な役割にとどまります。万引き事件のように被害者(店舗)が明確な事件で、被害弁償を飛ばして贖罪寄付を選ぶ組み立ては、量刑面の評価としては乏しいのが実情です。 金銭面の対応に加え、量刑判断で重視されるのは「同じことを繰り返さないための具体的な体制を整えたか」という点です。診断書・治療計画書・家族の誓約書・自助グループへの参加証明など、再犯防止に向けた具体的な動きを書面で整理し、検察官や裁判所に提出していきます。被害弁償(または弁済供託)と再犯防止計画の両輪で組み立てるのが基本となります。
供託原因の評価、遅延損害金の計算、内容証明郵便のドラフト、供託書類の作成は、技術的な作業を含みます。万引き事件で「示談を断られた」という段階に至った方は、弁護士に相談のうえで進めることをおすすめします。
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| Q | 裁判で「病気だから無罪」と主張できますか? |
| A |
窃盗症の診断が出ても、それだけで心神喪失(無罪)や心神耗弱(必要的減軽)が直ちに認められるわけではありません。実務上は、量刑事情として治療・再犯防止の取り組みを構築するアプローチが選ばれることが多い領域です。
窃盗症は衝動制御の障害ですが、行為の違法性の認識は保たれていることが多く、行為の意味を理解する能力(弁識能力)が失われている類型ではないと整理されることが一般的です。診断書が出ているからといって、機械的に責任能力が否定されるわけではありません。 クレプトマニア該当性そのものについて、行為全体を一団として観察すべき旨を判示した裁判例として、長野地裁上田支部平成25年2月18日判決が知られています。同判決は、たまたま特定の窃盗時に解放感などを感じなかったとしても、過去の類似行為時の精神状態を含めて全体を観察すべきとして、診断基準該当性を柔軟に解釈する余地を示したものとして実務に影響を与えています。 もっとも、「クレプトマニアに該当する」という結論と、「責任能力が否定される」という結論はイコールではありません。実務では、責任能力否定による無罪主張ではなく、執行猶予・再度の執行猶予・量刑減軽を求める情状立証として、医学的背景を主張する組み立てが多く採られます。
⚠️ 「精神鑑定さえ出せば軽くなる」という単純な構図ではありません。鑑定意見書の依頼は、鑑定医の選定、鑑定の射程の設定、検察官の鑑定との対抗関係など、戦略的な判断を要します。
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| Q | 治療には費用や時間がどれくらいかかりますか?保険は使えますか? |
| A |
クレプトマニアは依存症の一類型であり、治療は生涯にわたって続けていくものという理解が出発点となります。「いつか完治して終わる」というモデルではなく、症状を起こさない状態を維持していくための継続的な関与が必要です。一方で、適切な治療を続けることで、社会生活上の機能を回復し、再犯のない生活を維持していくことは可能です。
クレプトマニアの治療は、アルコール依存症・薬物依存症等と同じ依存症臨床の枠組みで進められます。依存症治療は、急性疾患のように「治療期間を終えれば治癒する」という性質のものではなく、生涯にわたって症状を起こさない状態を維持していく取り組みです。 この性質は誤解されやすく、「3か月入院したから大丈夫」「半年通院したから治った」と本人や家族が考えてしまい、通院や自助グループ参加を中断した結果、再発に至るケースが知られています。退院・退所はゴールではなく、その後の長期的な維持治療の出発点という位置づけです。
このような治療観に立つと、再犯防止計画も短期完結型ではなく、「数年単位・生涯単位で何をどう続けていくか」を示す形に組み立てることになります。社会生活上の機能(家庭での役割、就労、家族関係の維持等)は、治療を継続することで取り戻し、維持していくことが可能とされています。 刑事手続のなかで治療枠組みを情状資料として用いる場合、「現在通院中」「入院予定」というレベルではなく、入院・退院・社会復帰訓練・通院フォロー・自助グループ参加の各局面を時系列で書面化し、家族の協力体制、退院後の生活設計、長期的なメンテナンス計画まで組み込んでこそ、再犯防止計画として裁判所に評価されやすくなります。
医療機関の選定は、地理的アクセス(守谷・取手・つくば・柏エリアからの通院可能性)、保険適用範囲、入院待機期間、退院後のフォロー体制などを総合して検討することになります。具体的な施設情報は弁護士相談時にお伝えします。
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万引きを繰り返してしまうご本人・ご家族からのご相談を承っています。「もう何度目か分からない」「家族で限界を感じている」「執行猶予中で次が怖い」——そうした段階こそ、医療と弁護の両輪で取り組む組み立てが意味を持つ場面です。状況をお聞きしたうえで、取り得る選択肢をご一緒に整理させてください。面談またはZOOMでご対応します。
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・刑法(明治40年法律第45号)— e-Gov法令検索
・民法(明治29年法律第89号)— e-Gov法令検索
・依存症対策(厚生労働省)
・依存症対策全国センター(久里浜医療センター内・厚生労働省指定全国拠点機関)
・2026年5月20日:初版公開
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別事案への法的アドバイスではありません。具体的なご相談は弁護士にお問い合わせください。なお、本記事の内容は令和8年(2026年)5月時点の情報に基づいています。法律・実務の取り扱いは今後変更される可能性があります。診断・治療に関する事項は精神科医・医療機関にご相談ください。
公開日:2026年5月20日/最終更新日:2026年5月20日
