問題社員に退職勧奨するときの
面談記録の残し方
— 録音される前提で組み立てる
主な取扱分野:企業法務・顧問弁護士・労務(使用者側)・退職勧奨対応・就業規則整備
| Q | 退職勧奨はどこから違法になりますか? |
| A |
労働者の自由な意思形成を妨げる態様になった時点で違法と評価されます。違法な退職勧奨は民法709条の不法行為として損害賠償の対象になります。
退職勧奨そのものは、会社が自由意思による退職を求める行為であり、原則として違法ではありません。しかし、社会通念上相当な範囲を逸脱した態様で行われた場合、不法行為として違法評価を受けます。 最高裁の下関商業高校事件判決(昭和55年7月10日)は、退職勧奨の適法・違法を判断する基準として、被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案し、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かを示しました。 同事件では、短期間内に多数回・長時間にわたる執拗な退職勧奨が行われ、組合の立会いを認めず、退職するまで勧奨を続けると述べ、組合の要求は退職問題が解決しない限り対応しないとの態度を示すなどの態様が違法と判断されました。
【根拠判例】下関商業高校事件・最高裁第一小法廷判決 昭和55年7月10日(集民130号131頁)
「被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案し、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かが、その勧奨行為の適法、違法を評価する基準になる」(一審判決の判示を最高裁が結論として支持) |
| Q | 1回の面談時間と回数の目安はどのくらいですか? |
| A |
画一的なルールはありませんが、裁判例は明確な相場感を示しています。
違法と判断された代表的な事例は、全日空事件(大阪高判平成13年3月14日)です。約4か月の間に30回以上の面談、最長8時間に及ぶ面談、面談中の大声・机を叩く行為、「寄生虫」「他のCAの迷惑」等の侮辱的発言などが認定され、社会通念上許容しうる範囲を超えた違法な退職強要として不法行為に基づく損害賠償が認められました。 一方、適法とされたサニーヘルス事件(東京地判平成22年12月27日)では、1週間に1回30分程度の面談を7回行ったケースについて、適法な退職勧奨の範囲内と判断されています。
— 違法/適法の境界を示した代表的な裁判例 —
これらから読み取れる実務的な目安は次のとおりです:
「もう少し説得すれば翻意するかもしれない」と思って勧奨を継続すると、後の労働紛争で「執拗な勧奨」と評価される起点になります。 |
| Q | 面談記録に最低限残すべき項目は何ですか? |
| A |
①日時・場所・出席者、②勧奨の目的・退職条件の提示内容、③本人の発言(拒否の意思表明があったか)、④面談時間、の4点です。
面談記録は、後の労働審判・訴訟で「退職勧奨が違法でなかったこと」「本人の自由意思による退職であったこと」を会社側が立証する基礎資料になります。記録がない面談は、後で争点になったときに、会社側の言い分を裏付ける材料が乏しくなりがちです。 実務的な記録の組み立て方は次のとおりです:
理想的には、本人にも面談議事録を確認してもらい、署名をもらう運用が望ましいですが、本人が拒否する場面もあるため、会社側の単独記録としても作成しておきます。
|
| Q | 面談を録音されている前提で気をつけることは? |
| A |
原則として証拠能力は認められます。退職勧奨の面談は「録音されている可能性がある」前提で言動を組み立てることが大前提です。
民事訴訟は自由心証主義を採用しており(民事訴訟法第247条)、証拠能力を制限する規定は基本的にありません。無断録音であっても、著しく反社会的な手段を用いた場合などの例外を除き、証拠能力は否定されないとするのが裁判例の主流です(東京高判昭和52年7月15日判時867号60頁ほか)。 最近の労働相談では、従業員側がスマートフォンで面談を録音しているケースが珍しくありません。「録音されている」という前提で対応すると、自然に以下のような節度ある対応になります:
会社側でも、本人に事前に告知したうえで面談を録音するか、議事録を作成して双方で確認するのが望ましい運用です。 |
| Q | 退職勧奨の場面で絶対に言ってはいけない言葉はありますか? |
| A |
人格・能力を侮辱する発言、退職以外の選択肢がないと誤信させる発言、退職拒否後の不利益取扱いを示唆する発言は避けるべきです。
裁判例で違法評価につながった発言の類型は次のとおりです:
⚠️ とくに注意すべきは、解雇の威嚇です。客観的に合理的な解雇理由が完全にそろっていない段階で「応じなければ解雇する」「解雇しようと思えばできる」と告げると、本人がやむを得ず退職に同意した場合、後で錯誤・強迫(民法第95条・第96条)として退職の意思表示が取り消される可能性があります。
実務的には、「会社としては退職をご検討いただきたい」「条件はこのとおりです」「ご回答はゆっくり考えていただいて構いません」というトーンを保つのが安全です。 |
| Q | 拒否表明後も勧奨を続けてもいいですか? |
| A |
明確な拒否表明後の継続的な勧奨は、違法と評価されるリスクが高まります。
一度や二度の追加面談で再考を促すことが直ちに違法とされるわけではありませんが、本人が明確に「退職しません」と意思表明した後の勧奨は、慎重に運用すべきです。 サニーヘルス事件では、本人が当初は退職を拒否していても、適切な態様で複数回の面談を継続したことが適法と判断されました。一方、全日空事件・日本航空事件では、本人が拒否を表明した後も執拗に長時間の面談を繰り返したことが違法評価につながっています。 実務的な判断基準:
とくに、拒否表明後に配転・降格・仕事を与えないなどの取扱いをすると、退職勧奨の違法性とは別に、人事権濫用として配転命令等が無効になったり、不法行為が成立したりするリスクがあります。 |
| Q | 解雇と退職勧奨、どちらを選ぶべきですか? |
| A |
客観的に合理的な解雇理由が揃っていない段階では、まず退職勧奨で合意退職を目指すのが穏当です。
労働契約法第16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は権利濫用として無効とする旨を定めています。
【根拠条文】労働契約法(平成19年法律第128号)第16条
「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」 解雇が無効と判断された場合、その従業員は労働契約上の地位を保ち、解雇期間中の賃金(バックペイ)を遡って支払う義務が会社に生じます。期間が長期化すれば、その分の賃金支払額も大きくなります。 中小企業では、指導記録の整備が乏しく、勤務状況の客観的記録も断片的にしか残っていないケースが少なくありません。この状態でいきなり解雇に踏み切ると、解雇無効と判断されるリスクが高くなります。 退職勧奨は、合意退職という形で法的紛争を回避する選択肢となります。一定の退職条件(解決金・有給消化・離職票区分等)を提示することで、本人にも会社にもメリットがある形での解決が現実的です。ただし、勧奨の進め方を誤ると逆に不法行為に問われるため、進め方の設計が重要です。 本採用拒否の手続きに関しては、別記事の「試用期間中の本採用拒否が解雇無効と判断される境界線」もあわせてご参照ください。 |
退職勧奨の進め方、面談記録のテンプレート整備、就業規則の整備、解雇との比較検討など、企業の労務トラブルに関するご相談を承っています。状況をお聞きしたうえで、退職勧奨が現実的か、解雇に踏み切るべきか、別の対応が穏当か、を含めて方針をご説明します。初回相談は面談またはZOOMでの対応となります。
📞 050-3623-1320
守谷市・取手市・常総市・つくばみらい市・龍ケ崎市・牛久市・つくば市・土浦市・野田市・我孫子市をはじめ、茨城県南部・千葉県北西部の中小企業の経営者・人事担当者からの退職勧奨・労務全般のご相談もお受けしています。弁護士 吉津和輝(茨城県弁護士会所属)までお気軽にどうぞ。
・労働契約法(平成19年法律第128号)第16条(e-Gov法令検索)
・民法(明治29年法律第89号)第95条・第96条・第709条(e-Gov法令検索)
・民事訴訟法(平成8年法律第109号)第247条(e-Gov法令検索)
・下関商業高校事件・最高裁第一小法廷判決 昭和55年7月10日(厚生労働省「確かめよう労働条件」)
・全日本空輸事件・大阪高判平成13年3月14日(労判809号61頁)
・サニーヘルス事件・東京地判平成22年12月27日(労判1027号91頁)
・日本航空事件・東京高判平成24年11月29日
・国立大学法人山梨大学事件・甲府地判令和2年2月25日
・東京高判昭和52年7月15日(判時867号60頁、無断録音の証拠能力)
・厚生労働省「確かめよう労働条件」
・厚生労働省「あかるい職場応援団」
2026年5月15日:公開
本記事は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別具体的な事案への法的助言を行うものではありません。実際の判断にあたっては、必ず弁護士にご相談ください。
