不貞行為の証拠収集で払った探偵費用は請求できるか 相当因果関係の考え方と裁判例の傾向・弁護士吉津和輝

離婚・男女問題

不貞行為の証拠収集で払った探偵費用は請求できるか
相当因果関係の考え方と裁判例の傾向

弁護士 吉津和輝(茨城県弁護士会所属)市川法律事務所に所属する弁護士です。

配偶者の不貞行為(いわゆる不倫)を疑い、探偵や興信所に調査を依頼した場合、その費用は相手方に請求できるのでしょうか。裁判例では判断が分かれており、必ず認められるとは限りません。費用を支出する前に知っておくべき法律上のポイントを解説します。

Q不貞行為とは何ですか?慰謝料請求の法的根拠を教えてください。
A
不貞行為とは、配偶者以外の者と自由な意思に基づき性的関係を持つことをいいます。不貞行為は、婚姻共同生活の平穏を侵害する不法行為にあたるとされており、被害配偶者は、不貞を行った配偶者および不貞相手(相手方が配偶者のあることを知り、または知ることができた場合に限ります)の双方に対して、損害賠償(慰謝料)を請求することができます。

慰謝料として請求できる金額は、婚姻期間・不貞の継続期間・不貞行為の頻度・婚姻関係への影響(離婚に至ったかどうか等)などを総合考慮して決まります。裁判例上の相場は数十万円から300万円程度とされることが多いですが、不貞期間が著しく長い・不貞相手との間に子が生まれた等、特別に悪質な事情がある場合には300万円を超え500万円程度に至る裁判例も存在します。個別の事案によって大きく異なります。
【根拠】民法(明治29年法律第89号)第709条:「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」/同第710条:「…前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」
不貞相手への慰謝料請求は「不貞行為そのもの」を理由とするものです。一方、「離婚に至ったこと」を理由とする慰謝料(離婚慰謝料)については、最高裁平成31年2月19日判決により、不貞相手に対しては原則として請求できないとされています。同判決は、離婚慰謝料が認められるのは、不貞相手が単に不貞行為に及ぶにとどまらず、当該夫婦を離婚させることを意図して婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして離婚のやむなきに至らしめた、と評価すべき特段の事情がある場合に限られると判断しました。不貞慰謝料と離婚慰謝料は混同されやすいため注意が必要です。
Q探偵費用は「損害」として認められるのですか?
A
探偵・興信所への調査費用が損害賠償として認められるためには、不貞行為と調査費用との間に「相当因果関係」が必要です。

相当因果関係とは、「その不法行為がなければ通常は発生しない損害であり、かつ不法行為者にとって予見可能な損害であること」を意味します(民法416条の類推適用)。探偵費用については、この相当因果関係の有無と範囲をめぐって裁判例の判断が分かれており、全額が認められるケースは少なく、一部のみ認容、または全額否定という判断も多数存在します
⚠️ 探偵費用は高額になることが多い一方、認められる金額は限定的になりやすい傾向があります。費用を支出する前に、現在の手持ち証拠の状況を踏まえた上で弁護士に相談されることをお勧めします。
【根拠】民法第416条(損害賠償の範囲):「債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。(第2項)特別の事情によって生じた損害は、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。」(不法行為にも類推適用)
Q探偵費用が認められやすい場合・認められにくい場合を教えてください。
A
裁判例を概観すると、以下のような事情が、探偵費用の相当因果関係の認定に影響する傾向があります。
認められる方向
  • 調査依頼時点で不貞を裏付ける有力な証拠がなく、調査なしでは立証が困難だった
  • 相手方が不貞の事実を否定しており、証拠収集の必要性が高かった
  • 配偶者から離婚を求められており、不貞の証拠確保が特に必要な状況にあった
  • 調査の結果、実際に不貞行為を裏付ける有力な証拠が得られた
  • 調査費用の金額として不相当に高額とはいえない範囲に収まっている
認められにくい方向
  • 調査依頼前に既に十分な証拠(SNS・メッセージ・カード明細等)を持っていた
  • 配偶者または相手方が既に不貞の事実を認めていた
  • 不貞の証明に寄与しなかった調査期間分の費用が含まれている
  • 複数回・長期間にわたって調査を繰り返し、費用が著しく高額になった
  • 不貞行為が認定された期間と調査期間が大きくずれている
探偵費用を損害として認めない場合でも、裁判所は「探偵調査を余儀なくされた事情」を慰謝料の算定要素として考慮することがあります。つまり、費用そのものは認めないが、慰謝料全体の金額を高めに認定するという判断がなされることもあります。
Q裁判例では実際にいくら認められていますか?
A
近時の東京地裁・高裁を中心とした裁判例の傾向を整理すると次のとおりです。認容額は個別の事情によって大きく異なります。
裁判例の傾向(東京地裁・高裁を中心に)
一部認容の例

実際に支出した費用が100万円超であっても、「調査として必要かつ相当な範囲」として10万円を認容した例があります(東京地裁平成28年10月27日)。

全額認容の例

調査なしでは不貞の立証が不可能であり、費用も不相当に高額ではないと認められた場合に全額を認容した例があります(東京地裁平成28年11月30日 等)。

全額否定の例

「配偶者に不貞の疑いが生じた場合に直ちに調査会社を利用することが一般的とまでは認められない」として、調査費用を不貞行為から通常生ずべき損害とは認めないとした東京高裁令和6年1月17日判決があります。この判決は調査費用の相当因果関係を広く否定する方向性を示したものとして注目されています。

以上のとおり、裁判例の傾向は一定していません。全体として「全額認容は少数で、一部認容か全額否定になるケースが多い」というのが近時の実務的な見方です。なお、調査費用が高額になるほど、認容される割合が低くなりやすい傾向があります。探偵や興信所に支払った費用が損害として認められるかというご相談はよく寄せられますが、認められるか否かを予測することが困難な事項の一つです。事案によりますが、基本的には請求が難しいものに位置すると考えられます。
Q探偵に依頼する前に確認しておくべきことは何ですか?
A
探偵・興信所への依頼を検討する際には、事前に以下の点を確認・整理しておくことをお勧めします。
  • 現在の手持ち証拠を確認する:スマートフォンのメッセージ・SNS・クレジットカードの明細・ホテルの領収書等、手元にある資料を整理してください。既に十分な証拠がある場合、追加の調査費用が損害として認められる可能性は低くなります。
  • 弁護士に相談した上で調査を検討する:調査の必要性・相当性の判断は、後に費用が損害として認められるかどうかに直結します。調査前に弁護士に相談し、証拠として何が必要かを確認することをお勧めします。
  • 調査範囲を必要最小限に絞る:長期間・多数回の調査を繰り返すと費用が高額になる一方、裁判所に「必要性がない調査」と判断されるリスクが高まります。
  • 調査会社の選定に注意する:探偵業者は探偵業法(平成18年法律第60号)に基づく届出が必要です。届出の有無や契約内容を事前に確認してください。
  • 時効に注意する:不貞行為を理由とする損害賠償請求権は、損害および加害者を知った時から原則3年で時効により消滅します(民法第724条第1号)。
【根拠】民法(明治29年法律第89号)第724条第1号:「不法行為による損害賠償の請求権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。一 被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないとき。」/探偵業の業務の適正化に関する法律(平成18年法律第60号)第4条(届出)
Q探偵費用以外に、不貞行為で請求できる損害にはどのようなものがありますか?
A
不貞行為によって生じた損害として、慰謝料(精神的苦痛に対する賠償)のほかに、以下のものが問題になることがあります。
損害の種類 内容・留意点
慰謝料(精神的損害) 不貞行為そのものによる精神的苦痛への賠償。婚姻期間・不貞の期間・内容等により算定されます。
離婚慰謝料 不貞行為の慰謝料とは区別されます。最高裁平成31年2月19日判決により、原則として不貞相手への請求は否定されています(配偶者本人への請求は別途検討できる場合があります)。
通院費・治療費 不貞行為による精神的苦痛でうつ病等になり、メンタルクリニック等への通院を余儀なくされた場合、相当因果関係が認められれば請求できることがあります。不貞行為との因果関係の立証が必要です。
弁護士費用 不法行為訴訟では、認容額の概ね10%が弁護士費用として損害に含まれることがあります。
不貞相手に対して「離婚に伴う慰謝料」を請求できるかは、最高裁平成31年2月19日判決により原則として否定されています。不貞行為そのものに対する慰謝料(不貞慰謝料)とは区別して考える必要があります。

「配偶者の不貞が疑われる」「探偵に依頼する前に法的な観点から整理したい」「既に費用を払ったが請求できるか確認したい」など、男女問題・離婚に関するご相談はお気軽にどうぞ。状況をお聞きした上でご説明します。

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