吉津和輝(登録番号57714 茨城県弁護士会所属) 市川法律事務所に所属する弁護士です。
はじめに
令和6年(2024年)5月、民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)が成立し、養育費をめぐる制度が大きく変わりました。
改正法は令和8年(2026年)4月1日から施行されています。
今回の改正の目玉は大きく2つです。
- 法定養育費制度(民法766条の3)の新設
- 養育費への一般先取特権付与(民法306条3号、308条の2)
離婚を検討している方、すでに離婚して養育費の未払いにお悩みの方、あるいは養育費を請求されている立場の方にとって、いずれも直接かかわる重要な改正です。以下で詳しく解説します。
1.法定養育費制度とは(民法766条の3)
条文
民法第766条の3第1項
父母が子の監護に要する費用の分担についての定めをすることなく協議上の離婚をした場合には、父母の一方であって離婚の時から引き続きその子の監護を主として行うものは、他の一方に対し、離婚の日から、次に掲げる日のいずれか早い日までの間、毎月末に、その子の監護に要する費用の分担として、父母の扶養を受けるべき子の最低限度の生活の維持に要する標準的な費用の額その他の事情を勘案して子の数に応じて法務省令で定めるところにより算定した額の支払を請求することができる。ただし、当該他の一方は、支払能力を欠くためにその支払をすることができないこと又はその支払をすることによってその生活が著しく窮迫することを証明したときは、その全部又は一部の支払を拒むことができる。 一 協議により子の監護に要する費用の分担についての定めをした日 二 子の監護に要する費用の分担についての審判が確定した日 三 子が成年に達した日
制度の概要
①どんな制度か
これまでは、養育費の金額を父母間の協議または家庭裁判所の調停・審判で取り決めなければ、具体的な養育費の請求はできませんでした。取り決めのないまま離婚するケースも多く、子の生活保障に空白が生じることが問題視されていました。
今回の改正で導入された法定養育費は、父母が費用分担の取り決めをせずに協議離婚した場合でも、法律上当然に発生する養育費請求権です。協議や裁判手続を経ることなく、離婚と同時に権利が生じます。
②金額
法務省令で定める額とされており、子1人あたり月額2万円と決定されました(法務省令)。子が2人なら4万円、3人なら6万円となります。
この金額は「子の最低限度の生活維持に要する標準的な費用」を基準としたものであり、協議や審判で定める養育費の金額とは別次元の最低保障額と位置づけられています。
③誰が請求できるか
**「父母の一方であって離婚の時から引き続きその子の監護を主として行うもの」**が請求権者とされています。親権の帰属によるのではなく、実際に子を主として監護している側(いわゆる「主な監護者」)が請求できます。
④始期・終期
- 始期:離婚の日
- 終期:①協議で定めた日、②審判確定日、③子が成年に達した日のいずれか早い日
始期または終期が月の途中の場合は、日割り計算によります(同条2項)。
⑤支払義務者(非監護親)の抗弁
ただし書により、支払義務者は「支払能力を欠くためにその支払をすることができないこと、またはその支払をすることによってその生活が著しく窮迫することを証明したとき」は、全部または一部の支払を拒むことができます。
ただし、この抗弁は義務者側が証明責任を負う点に注意が必要です。
⑥家庭裁判所による免除・猶予
法定養育費が発生した後に、家庭裁判所が養育費の分担についての定めをし、または変更する場合には、それまでに生じた過去の法定養育費債務について、支払能力を考慮して全部・一部の免除や支払猶予などを命ずることができます(同条3項)。
⑦附則の注意点
施行日(令和8年4月1日)より前に離婚した場合には、法定養育費制度は適用されません(附則3条2項)。施行前に養育費の取り決めなく協議離婚していた場合、施行後であっても法定養育費の請求はできない点に注意が必要です。
2.養育費への一般先取特権付与(民法306条3号・308条の2)
条文
民法第306条
次に掲げる原因によって生じた債権を有する者は、債務者の総財産について先取特権を有する。 一 共益の費用 二 雇用関係 三 子の監護の費用 四 葬式の費用 五 日用品の供給
民法第308条の2
子の監護の費用の先取特権は、確定期限の定めのある定期金債権を有する者が、各期の定期金のうち、子の監護に要する費用として相当な額(標準的な世帯の必要生計費、当該定期金により扶養を受けるべき子の数その他の事情を勘案して当該定期金により扶養を受けるべき子の数に応じて政令で定めるところにより算出した額をいう。)について行使することができる。
制度の概要
①先取特権とはなにか
先取特権とは、特定の債権者が、債務者の総財産から他の債権者に優先して弁済を受けられる権利です(民法303条)。これは法定担保物権であり、当事者の合意がなくても法律上当然に発生します。
②何ができるようになるか
改正前は、養育費を強制的に回収するためには、執行認諾文言付き公正証書や家庭裁判所の調停調書・審判書などの債務名義が必要でした。
今回の改正で養育費等の請求権に一般先取特権が付与されたことにより、債務名義がなくても、一定の場合には先取特権の存在を証する文書を執行機関に提出することで、相手方の財産の差押え・財産開示手続・第三者情報取得手続の申立てができるようになりました。
③対象となる債権の範囲
先取特権の対象は、婚姻費用・養育費・法定養育費・扶養料などの確定期限のある定期金債権のうち、「子の監護に要する費用として相当な額」(政令で定める額)に限定されます。
協議や審判で定めた養育費の全額が対象になるわけではなく、政令で定める標準額の範囲内での行使となる点に注意が必要です。
④先取特権の順位
一般先取特権の順位は、①共益の費用、②雇用関係、③子の監護の費用(今回新設)、④葬式の費用、⑤日用品の供給の順となりました。雇用関係の先取特権に次ぐ第3順位です。
3.実務上のポイント
監護親側(養育費を受け取る立場)の方へ
法定養育費制度により、取り決めなしで離婚しても月2万円/人の養育費を離婚の日から請求できるようになりました。また、先取特権の付与により、未払いが生じた際の回収手段が格段に使いやすくなっています。
ただし、法定養育費の月2万円は最低保障額です。実際の養育費の目安(東京・大阪養育費等研究会の算定表に基づく相場)はこれを大幅に上回ることがほとんどですので、適切な金額での取り決めを別途行うことが重要です。
また、先取特権による差押えができるとはいえ、相手方の財産状況の調査や手続の準備は弁護士に依頼する方が確実です。
非監護親側(養育費を支払う立場)の方へ
法定養育費は法律上当然に発生するため、「取り決めをしていないから払わなくてよい」という考えは、施行後の離婚には通用しません。
支払が困難な場合には、ただし書の抗弁(支払能力の欠如・著しい窮迫)を主張するか、家庭裁判所での手続を通じて免除・猶予を申し立てる方法があります。いずれも早期に弁護士に相談することをお勧めします。
施行前離婚の場合
繰り返しになりますが、令和8年4月1日より前の離婚には法定養育費制度は適用されません。施行前に養育費の取り決めなく離婚した場合は、従来どおり家庭裁判所の調停・審判手続によることになります。
まとめ
| 改正前 | 改正後(2026年4月1日〜) | |
|---|---|---|
| 取り決めなしの場合 | 養育費請求困難 | 法定養育費(月2万円/1人)が自動発生 |
| 強制執行 | 債務名義が必要 | 先取特権の存在を示す文書で可能 |
| 先取特権の対象額 | なし | 政令で定める標準額の範囲内 |
| 始期 | 請求時以降 | 離婚の日から |
今回の改正は、養育費未払い問題の解消に向けた大きな一歩です。もっとも、制度の運用にはまだ不明確な点も多く、今後の裁判実務や法務省令・政令の内容によって具体的な運用が形成されていく段階にあります。
養育費に関するお悩みは、お早めに弁護士にご相談ください。
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※本記事は令和8年3月時点の情報に基づくものです。法令の施行状況や実務運用については変動する場合があります。個別のご事情については必ず専門家にご相談ください。
