従業員から残業代を請求された
— 会社側の初動対応と反論のポイント
主な取扱分野:企業法務・労働問題(使用者側)・顧問弁護士業務・契約書
| 01 | 残業代請求が増えている背景 — 時効3年と退職後請求 |
残業代(時間外・休日・深夜労働の割増賃金)の請求は、在職中ではなく退職後に行われるケースが多いのが特徴です。在職中は関係悪化をおそれて言い出せなかった不満が、退職を機に、弁護士名義の内容証明郵便や労働審判の申立てという形で表面化します。
会社側として特に押さえておきたいのが、賃金請求権の消滅時効が「2年」から「3年」に延びたことです。令和2年4月の労働基準法改正により、賃金請求権の時効期間は法律上5年とされ、当分の間は3年とする経過措置が置かれています(労働基準法115条、同法附則143条3項)。単純計算で、従来より請求対象期間が最大1.5倍になったため、1人あたりの請求額も大きくなる傾向にあります。
また、労働者側の請求手段も整備されています。証拠が乏しい場合でも、パソコンのログや業務メールから労働時間を立証する手法が定着しており、「タイムカードがないから大丈夫」という考えはむしろ会社側のリスクになります(詳しくはQ3で解説します)。
| 02 | 残業代のルール — 割増率・時効・付加金・遅延利息 |
残業代は、法定労働時間(1日8時間・1週40時間。労働基準法32条)を超える労働などに対して発生します。割増率の最低限度は次のとおりです。
| 労働の種類 | 割増率(最低限度) |
| 時間外労働(月60時間以下) | 25%以上 |
| 時間外労働(月60時間超の部分) | 50%以上(2023年4月から中小企業にも適用) |
| 深夜労働(午後10時〜午前5時) | 25%以上(時間外と重なれば合算) |
| 法定休日労働 | 35%以上 |
会社側にとって重要な周辺ルールとして、次の3点があります。
① 消滅時効は3年。賃金請求権は、権利を行使できる時(通常は各給料日)から法律上5年、当分の間は3年で時効消滅します(労働基準法115条・附則143条3項)。つまり、請求書面が届いた時点で給料日から3年を経過している部分については、時効を援用して支払いを拒める場合があります。
② 裁判になると「付加金」のリスクがある。裁判所は、割増賃金(労働基準法37条)を支払わなかった使用者に対し、労働者の請求により、未払金と同一額の付加金の支払いを命じることができます(同法114条)。命じられた場合、実質的に未払額の2倍の支払いとなり得る制度です。
③ 退職者への未払賃金には年14.6%の遅延利息。退職した労働者の賃金(退職手当を除く)を退職日(支払期日が後の場合は支払期日)までに支払わない場合、その翌日から年14.6%の遅延利息が発生します(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項、同法施行令1条)。在職中の未払部分についても、民法所定の法定利率による遅延損害金の対象となります。放置すればするほど、元本とは別に負担が膨らむ仕組みです。
| 03 | 請求書面が届いたときの初動対応3ステップ |
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1
安易な回答をしない
金額を認める発言・書面は時効更新の原因になり得る
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2
記録を集めて検証
勤怠記録・給与台帳・雇用契約書・就業規則を確保
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3
期限内に方針決定
回答期限・労働審判の答弁書期限から逆算して動く
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ステップ1:安易な回答・支払約束をしない。「たしかに未払いがあるので分割で払います」といった回答は、債務の「承認」として消滅時効を更新させ(民法152条1項)、時効で消えるはずだった部分まで復活させてしまうおそれがあります。事実関係を確認するまでは、金額の当否について踏み込んだ回答をしないことが重要です。他方で、完全に無視するのも危険です(労働審判・訴訟・労働基準監督署への申告に進むリスクがあります)。
ステップ2:手元の記録を集めて検証する。タイムカード・勤怠システムの記録・給与明細・賃金台帳・雇用契約書・就業規則(賃金規程)・36協定を揃え、相手方の主張する残業時間と会社の認識に乖離がないかを確認します。使用者には労働者名簿・賃金台帳等の重要書類の保存義務があり(労働基準法109条。保存期間は法律上5年、当分の間3年)、記録が残っていないこと自体が交渉・裁判で不利に働く場合があります。
ステップ3:期限から逆算して方針を決める。内容証明には回答期限が付されているのが通常であり、労働審判を申し立てられた場合は、申立てから原則40日以内に第1回期日が指定され、その前に答弁書の提出期限が設定されます。労働審判は原則3回以内の期日で審理が終わる迅速な手続です(労働審判法15条2項)。第1回期日までに会社側の主張と証拠をほぼ出し切る必要があるため、書面が届いた段階で早期に弁護士に相談し、時効援用・反論・和解のいずれで進めるかの方針を固めることをおすすめします。
よくあるご質問(Q&A)
| Q | 固定残業代(みなし残業代)を毎月払っている。それでも追加で残業代を払う必要がある? |
| A |
結論として、固定残業代の設計が適法であれば、想定残業時間の範囲内の支払義務は果たしたことになりますが、設計に不備があると固定残業代の支払い自体が残業代として扱われず、未払いが一気に膨らむリスクがあります。
固定残業代とは、実際の残業時間にかかわらず、一定時間分の割増賃金をあらかじめ定額で支払う制度です。この支払いが労働基準法37条の割増賃金の支払いと認められるためには、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とを判別できることが前提となり、その手当が時間外労働等の対価として支払われるものといえる必要があります。最高裁は、対価といえるかどうかは、雇用契約書等の記載内容のほか、使用者の説明の内容、労働者の実際の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきとしています(日本ケミカル事件・最高裁第一小法廷平成30年7月19日判決〔平成29年(受)第842号〕)。同事件では、契約書と賃金規程に手当が時間外労働の対価である旨が明記され、想定残業時間と実際の残業時間に大きな乖離がなかったことから、固定残業代としての支払いが有効と認められました。 逆にいえば、①契約書・就業規則に固定残業代である旨や金額・想定時間数の記載がない、②「営業手当」等の名目で実質は別の趣旨の手当になっている、③想定時間を超えた分の差額を精算していない、④実際の残業時間と想定時間が大きく乖離している——といった場合には、固定残業代の支払いが割増賃金の支払いと認められないおそれがあります。
⚠️ 固定残業代が無効と判断されると、①支払済みの固定残業代が残業代の支払いとしてカウントされず、②その金額が割増賃金を計算する基礎単価に組み込まれて単価が上がる、という二重の負担が生じ得ます。「払っていたはずの残業代」がゼロ扱いになるうえ請求単価が上がる——これが固定残業代トラブルの最も重いパターンです。
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| Q | 課長・店長は「管理職」だから残業代を払わなくてよい? |
| A |
結論として、残業代が不要となる「管理監督者」(労働基準法41条2号)に当たるかは役職名ではなく実態で判断され、社内で管理職と呼ばれていても該当しないケースが少なくありません。しかも管理監督者であっても深夜割増は必要です。
労働基準法41条2号の管理監督者とは、「監督若しくは管理の地位にある者」をいい、これに該当すると労働時間・休憩・休日に関する規定が適用除外となります。ただし、この判断は肩書きではなく実態によります。いわゆる「名ばかり管理職」問題の代表例である日本マクドナルド事件(東京地方裁判所平成20年1月28日判決〔平成17年(ワ)第26903号〕)では、直営店の店長について、①職務内容・権限・責任の面で経営者と一体的な立場といえるか、②出退勤等の勤務態様について労働時間規制になじまない裁量があるか、③管理監督者にふさわしい賃金等の待遇か、という観点から検討され、店長の管理監督者性が否定されて割増賃金の支払いが命じられました。 中小企業でよくあるのは、「課長になったので残業代なし・役職手当のみ」という運用です。しかし、採用や労働条件の決定に関する実質的権限がない、出退勤の自由がない、役職手当が残業代の減少分に見合わない——といった実態であれば、管理監督者性は否定される方向に働きます。
なお、労働基準法41条が適用を除外するのは「労働時間、休憩及び休日」に関する規定であり、深夜労働の割増賃金(同法37条4項)は除外されません。管理監督者に該当する場合でも、午後10時〜午前5時の労働に対する深夜割増(25%以上)は支払いが必要です。
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| Q | タイムカードを付けていない。残業時間はどうやって認定される? |
| A |
結論として、タイムカードがなくても、パソコンのログイン記録・業務メールやチャットの送信時刻・入退館記録・シフト表・本人の手帳等から残業時間が推計されることがあり、記録を残していないことは会社側の反証を難しくします。
労働時間の把握は、そもそも使用者の責務です。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)は、使用者が自ら現認するか、タイムカード・ICカード・パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として、労働日ごとの始業・終業時刻を確認・記録すべきことを求めています。また、労働安全衛生法66条の8の3は、医師による面接指導の実施のため、厚生労働省令で定める方法により労働者の労働時間の状況を把握することを事業者に義務付けています。 この枠組みのもとでは、「会社に記録がない」ことは会社に有利には働きません。労働者側が業務メールの送信時刻やパソコンのログ等の断片的な資料から労働時間を主張した場合に、会社側が客観的な記録に基づく反証を用意できなければ、労働者側の主張に沿った時間が認定される方向に傾きやすいのが実務の傾向です。 また、「残業は申請制で、申請がなければ残業と認めない」という社内ルールだけで支払いを拒むことにもリスクがあります。使用者が残業の実態を認識しながら黙認していた場合、その時間は使用者の指揮命令下の労働時間と評価され、申請の有無にかかわらず割増賃金の支払義務が生じ得ます。申請制を採るなら、申請外の残業を実際にさせない運用(退勤の徹底・持ち帰り仕事の禁止)までセットで行うことが必要です。 |
| Q | 請求を放置するとどうなる? |
| A |
結論として、放置すると①労働基準監督署への申告、②労働審判、③訴訟のいずれかに進むのが通常で、訴訟では未払額と同一額の付加金(労働基準法114条)まで命じられるリスクが加わります。
① 労働基準監督署への申告。労働者が労基署に申告すると、調査(臨検監督)が入り、割増賃金の未払いが確認されれば是正勧告の対象となります。調査は請求者1人の問題にとどまらず、他の従業員を含む事業場全体の労働時間管理・賃金支払いに及ぶことがあります。守谷市・つくばみらい市・常総市・坂東市の事業場は常総労働基準監督署、取手市・龍ケ崎市・牛久市などの事業場は龍ケ崎労働基準監督署の管轄です。 ② 労働審判。裁判官1名と労使の専門家2名による労働審判委員会が、原則3回以内の期日で審理する迅速な手続です(労働審判法15条2項)。申立てから原則40日以内に第1回期日が指定され、会社側はその前に答弁書と証拠を提出しなければなりません。準備期間が非常に短いことが、会社側にとっての最大の特徴です。 ③ 訴訟。判決で支払いを命じられて任意に支払わない場合、会社の預金口座や売掛金の差押えに進むおそれがあります。さらに、裁判所は労働者の請求により、未払割増賃金と同一額の付加金の支払いを命じることができます(労働基準法114条。請求は違反時から法律上5年以内、当分の間3年以内)。悪質性が高いと判断される事案では、付加金まで含めて実質2倍の支払いとなる可能性があるのです。加えて、退職者に対する未払賃金には年14.6%の遅延利息が積み上がっていきます(賃金の支払の確保等に関する法律6条1項・同法施行令1条)。 「無視すれば諦めるだろう」という対応は、選択肢の中で最もリスクが高いといえます。争うにしても和解するにしても、期限内に会社としての方針を立てて対応することが重要です。 |
| Q | 会社側が争える(反論できる)のはどんな場合? |
| A |
結論として、①消滅時効(3年)、②労働時間性の否定、③残業時間の過大主張への反証、④管理監督者性、⑤固定残業代の有効性、⑥既払いの充当という6つの争点があり、証拠に基づいて主張できるものを組み合わせて反論します。
① 消滅時効。各給料日から3年(労働基準法115条・附則143条3項)を経過した部分は、時効を援用することで支払いを免れる場合があります。請求書面が届いてから方針決定までの間に、うかつに債務を承認しないことが前提です(民法152条1項)。 ② 労働時間性の否定。請求対象の時間の中に、休憩時間、自主的な残留(私的な作業・雑談)、業務指示のない自己研鑽の時間などが含まれている場合、それらは労働時間に当たらないと反論できる余地があります。ただし、使用者の指揮命令下にあったと評価される時間(黙示の指示による作業、手待ち時間等)は労働時間となるため、実態の精査が必要です。 ③ 残業時間の過大主張への反証。入退館記録・パソコンのログ・シフト表など客観的な記録と照らして、主張されている時間が実態と乖離していることを具体的に示します。 ④ 管理監督者性(Q2参照)、⑤ 固定残業代の有効性(Q1参照)が認められれば、その範囲で支払義務が否定・縮減されます。また、⑥ 支払済みの割増賃金・手当が適法に残業代へ充当されるものであれば、その分は控除されます。いずれの反論も、感情論ではなく証拠と法的根拠の裏付けが不可欠であり、根拠のない全面否認はかえって付加金の判断等で不利に働きかねません。個別の事案によって取り得る反論は異なりますので、弁護士にご相談ください。 |
| Q | 今後同じトラブルを防ぐには、何から整備すればいい? |
| A |
結論として、優先順位は①客観的な労働時間の記録、②固定残業代・管理職運用の点検、③就業規則と36協定の整備の順です。記録が整っていれば、仮に請求を受けても正確な検証と反論ができます。
① 労働時間を客観的な方法で記録する。勤怠システム・ICカード・パソコンのログ等、客観的な記録による把握が原則です(前記ガイドライン参照)。記録は労働基準法109条の保存義務の対象にもなります。自己申告制を採らざるを得ない場合も、実態との乖離がないかの確認が求められます。 ② 固定残業代・管理職運用を点検する。固定残業代は、金額と対象時間数を雇用契約書・就業規則に明記し、超過分を毎月精算する運用になっているかを確認します(Q1参照)。管理監督者として扱っている役職については、権限・勤務態様・待遇の実態が伴っているかを見直します(Q2参照)。 ③ 就業規則・36協定を整備する。法定労働時間(労働基準法32条)を超えて労働させるには、労使協定(同法36条に基づくいわゆる36協定)の締結・届出が前提となります。残業の申請・承認ルール、持ち帰り仕事の禁止などを就業規則で明確化し、運用を実態に合わせることが、有効な予防策となります。労務体制の点検は、請求が来る前に行うことに意味があります。当職では、企業の労務管理体制の確認・整備のご相談もお受けしています。 |
| 05 | 守谷・取手・常総・つくばみらいエリアの実情 |
このエリアの残業代トラブルには、地域特有の事情があります。まず手続面では、労働審判を取り扱うのは水戸地方裁判所の本庁のみで、県南の支部では取り扱われていません(労働審判を扱う支部は全国でも東京地裁立川支部など5支部に限られます)。守谷や取手の会社が労働審判を申し立てられると、期日のたびに水戸まで出向くことになり、原則40日以内という短い準備期間と移動負担が重なります。書面が届いた段階から水戸での期日を見据えて準備できるかどうかが、対応の質を左右します。なお、通常の訴訟であれば、守谷市・取手市の事業所の事件は水戸地方裁判所龍ケ崎支部に係属することが多くなります(請求額等により異なります)。
また、常磐道・圏央道のインターチェンジ周辺には物流施設や運送・倉庫業の事業所が多く、ドライバーや倉庫作業員の労働時間管理(点呼から荷待ち時間まで)はもともと残業代トラブルが生じやすい領域です。TX(つくばエクスプレス)沿線は都内への通勤圏として人の出入りが活発で、転職に伴う「退職後の残業代請求」が起きやすい土壌もあります。建設業・介護事業所・飲食店など、シフト制や現場直行直帰で労働時間の記録が曖昧になりがちな業種の経営者の方は、この機会に自社の勤怠管理を一度点検してみてください。
「元従業員から内容証明が届いた」「労働審判の申立書が来た」という段階のご相談も、「請求が来る前に自社の残業代管理を点検したい」というご相談も、状況をお聞きした上で、取り得る対応と見通しをご説明します。当職(弁護士 吉津和輝)は、企業法務・労務問題について初回の法律相談を無料でお受けしています(初回相談は面談またはZOOMで承ります)。
📞 050-3623-1320(お問合せ受付:月〜日 8:00-19:00)
解雇・問題社員対応・カスタマーハラスメントなど、企業労務に関する他の記事もご覧いただけます。
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・e-Gov法令検索(労働基準法、労働審判法、賃金の支払の確保等に関する法律・同施行令、平成6年政令第5号、民法)
・裁判所
判例検索(最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決〔日本ケミカル事件〕、東京地裁平成20年1月28日判決〔日本マクドナルド事件〕)
・厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)
・裁判所「労働審判手続」
2026年3月18日:初版公開
2026年7月4日:全面リライト(最高裁判例〔日本ケミカル事件〕・裁判例〔日本マクドナルド事件〕の解説、消滅時効・付加金・遅延利息の根拠条文、労働審判手続の解説、管轄労働基準監督署・労働審判取扱庁の地域情報を追加)
本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別事案への法的アドバイスではありません。具体的なご相談は弁護士にお問い合わせください。なお、本記事の内容は令和8年(2026年)7月時点の情報に基づいています。法律・実務の取り扱いは今後変更される可能性があります。
公開日:2026年3月18日|最終更新日:2026年7月4日
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